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ノートルダム大聖堂 =Cathedrale Norte-Dame de Paris=

ようやく来ました、花の都パリ。
冬なので、花の都というイメージはなかったのですが、パリという響きがいいです。
しかし、かなり寒いです。日本の冬(近畿地方)より全然寒いです。

しかも着いてから気付いたのですが、クリスマスでした・・・。
「クリスマスにパリに一人きり」聞こえは良さそうですが、輪をかけて孤独感が大きくなります。

シャルル・ド・ゴール空港からバスで、パリの中心へ行き、地下鉄でユースホステルに向かいました。
まずは、ノートルダム大聖堂に向かうことにしました。

近くまで地下鉄で行き、まずは小腹が空いたのでとりあえず何か食べようと思いました。
あまりお金がないので、サンドウィッチにします。
店員:「はいどうぞ。」
ボク:「メルシー。」
やりました!無事にフランス語デビューしました!!

知っているフランス語は「ボンジュール(こんにちは)・メルシー(ありがとう)
・メルシーボクー(たいへんありがとう)・シルブプレ(お願いします)
・ラディシオンシルブプレ(お勘定お願いします)」
この5つです。

たぶんこれを駆使すれば、少なくとも悪い印象は与えないと思います。

ノートルダム大聖堂に着きました。
でたっこの迫力っ!・・・・・「ん?クリスマスツリー・・・。」・・・孤独の波が押し寄せてきます。

ノートルダム大聖堂2

ゴシック建築を代表するこの大聖堂は1300年頃に建ちました。1804年に帝政を宣言したナポレオン・ボナパルドの載冠式を行った場所だそうです。
1991年世界遺産に登録されました。ノートルダムとは「我らが貴婦人」という意味みたいです。聖母マリア様のことです。

中に入るとより一層、歴史を感じます。美しいバラ窓、美しいアーチの天井、独特な明るさ・・・。

ノートルダム大聖堂3

バラ窓

歴史を積み重ねて、美しくなるものはとても素晴らしいです。
造った時よりも美しくなるもの、そういうものを造っていきたいと強く感じます。





そして街をブラブラするうちにお腹が減ってきました。

パリ1

初日なので、奮発してレストランに入ることにしました。
何を書いているのか分からないので、適当に頼んで待っていました。
おぉーなかなかおいしそうな料理がきました。

そこで店員が「ボナペティ。」と言いました。
そこでボクは「なに?」と応えました。
また店員がめげずに「ボナペティ。」と言いました。
いやいや、意味がワカラナイので、「なに!?」と言いました。

そしたら店員が、テーブルに置かれた料理の一つを下げようとしました。
「おっおい!君っ!何をするんだね!」と思った瞬間、
店員がその料理をもう一度テーブルに置いて、「ボナペティ。」と料理に手を添えて、微笑んでいました。

「召し上がれ」という意味だとようやく分かりました。たぶん基本的な言葉なのでしょう。
恥ずかしかったです・・・。
日本のレストランで「ごゆっくりどうぞ。」という言葉に、「なに!?」と食いついているようなものです・・・。

やさしい店員に感激でした。一人の時にこういうのは、心に染みます。
こうやって言葉を覚えていきます。まるで子供のようだと思いました。
だからこそ明らかな進歩を感じられる瞬間でもあります。
本を読んで知識を得たというのではなく、もっとこうガツンと体内に入ってくる感じです。

こういう体験はとても素晴らしいと思います。


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テーマ : 建築デザイン - ジャンル : 学問・文化・芸術

2009/06/22 21:36 | フランス建築COMMENT(1)TRACKBACK(0)  TOP

コメント

クオ・バディス・ドミネ

ノートルダム大聖堂ですが以外に日本でも味わえる場所があります
しかも大阪梅田のど真ん中で!!!

今は阪急百貨店の工事に伴い見れなくなってるかもしれません
場所は阪急グランドビルで32番街の一階です
かわりやすくいうと阪急の駅から東通りに向かう途中の建物で
南北の通りの両サイドには銀行の支店や、
昔は角にドコモショップがあったところでし。(今もあるのかな?)

ここは見上げると高い吹き抜けで天井はアーチ状になっています
以前はここを通る時は前しか見てなかったのですが
とある理由で自主制作映像をつくるときに映画『ブラックレイン』を参考に見ました。
ブラックレインを見た後にその場所を見上げてみると
なんとなく聖堂に見えてしまいます。
そして通りを行き交う人の忙しさと対比してみると尚、面白みがあります

この場所を聖堂と見たリドリー・スコット監督とヤン・デ・ボン撮影監督。
これは宗教観の違いなのでしょうか?
クリエイターとしてそしてアーティストとして
大阪の町を見事なブレードランナー的世界観に仕上げてしまう
そんな魂に乾杯です!

映画の中で建築や都市に見られる宗教観は他にもあると思います。
例えば『ラスト・サムライ』で登場する勝元(渡辺兼)が治める村があります
この村は山中深くに村人が集まって生活しているという設定です。
映画を見てみるとホントに自然のど真ん中に村という共同体が密集して
生活しているように見えます。
しかしスクリーンで見ると『村』と自然界の境界がはっきりしすぎて見えませんか?
もちろんセットを組むにあたって、密集していた方がコストがかからないという理由もあるでしょうが宗教観も大きな理由になっている気がします。
私がこの一連のシーン見たとき、ヨーロッパ特有の城壁に囲まれた都市に近いイメージを持ちました。
このブログにも登場したオビドスの街のようなイメージです
キリスト教では神は秩序をもたらし、混沌(カオス)は悪とされます。
なので城壁内は神のご加護が約束された土地、それ以外は混沌が支配する魔の世界、その境目が城壁って感じです。
多分、ヨーロッパの人が持っていた『森』のイメージはマンガ・ベルセルクに出てくるような森のイメージだったのではないかと思います。
これに対して古来から日本人には八百万の神様の観念が定着しているような気がします。
山や川、さらには台所やお風呂にもそれぞれ神様がいるという感じです。
最近では少なくなりましたがお正月に愛車に締め縄飾りをつける人は多分『車の神様』への感情かもしれません。
童話や昔話を比べてみても宗教観がモロに出ていますよね?
グリム童話やアンデルセン童話では村の外に出るとかなりの確立で良くないことが起こります。
これに対して日本の昔話では村から出たときは、良くない事が起こってもその土地にいる神様やそれを象徴する対象との対話から始まります。
(山中の鬼や竜宮城なんかそんな感じじゃないでしょうか?)

話がだいぶ脱線してしまいましたが建築にも宗教観というものが多大な
影響を与えていることは確かなようです。
海外で作られた映画の中にでてくる日本のシーンで違和感を覚えるのは
こういう意識しない宗教観のアンテナに何かが引っかかっているのかもしれませんね。

No:25 2009/06/23 16:53 | もうすぐ自宅警備員脱出 #- URL [ 編集 ]

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